コールドミート

 僕はいわゆるコールドミートが好きです。海外に行ってアパートメントを借りてぽんたと自炊生活をしても、コールドミートは強い味方です。あったかい肉料理も勿論好きですが、ハムとかサラミとかソーセージとか冷めた薄切りのローストビーフとかコンビーフ、それに美味しいパンにチーズとサラダがあれば、もうそれだけで何日でも大丈夫です。さて、イギリスではサンドイッチ・バー等のメニューに必ず存在するソルトビーフですが、アメリカや韓国、それに日本ではコーンビーフと表記されるようです。僕自身はソルトビーフとーコンビーフが同一の物とは思えない節もあるのですが、今回は同一の物と仮定してこの文章を書いていこうとしています。 それで、ソルトビーフの前に、日本人には馴染みの深いコーンビーフの話です。終戦直後、マッカーサー率いる進駐軍がやってきて、一般の日本人は初めてコーンビーフを食べたのでした。おそらくそれは、当時の日本人にとってはとてもエキゾチックでアメリカの豊かさそのものの味がしたことでしょう。僕は残念ながらその”進駐軍のコーンビーフ”の歴史的な味は知らないのですが、僕の生まれた1950年には日東ベスト(株)から国産缶詰コーンビーフが発売されていますから(これが現在に繋がるノザキのコーンビーフです)、初めて僕が食べたのは、おそらくこのコーンビーフだったと思われます。僕の幼児期はソーセージと言えば”魚肉ソーセージ”が当たり前だったので、牛肉を使用したノザキのコーンビーフはおそらく”超”のつく高級品だったのでしょう。疑えばキリがありませんが、僕が食べて感激したのはひょっとすると怪しいメーカーの、何の肉を使っているのか分からない名ばかりのコーンビーフ缶詰だったかもしれません。話が少し横っ飛びしてしまいますが、その頃(唐津では)ベーコンと言えば鯨肉のベーコンが当たり前で、魚屋さんにお使いに行くと魚屋のおじさんが「はい、おまけ」とばかり鯨ベーコンの塊をくれる、といった至って安価なものでした。それをぽんたに話すと強烈に羨ましがられるのですが、僕の少年期は、唐津では肉といえば鯨肉が普通でした。そんな時代ですから、豚肉のベーコンを初めて食べたのは高校に入ってから、同級生の福島君という肉屋の息子が弁当のおかずに持ってきていたものをちょっとつまみ食いしたのが初めてという塩梅です。
 先年アメリカ人に「コーンビーフのコーンって、どういう意味?」と聞いたら、彼はコーンビーフが好物だと言いながら、「知らない」との答えでした。ずっと気になっていたので調べてみたら、コーンは”粗塩”ということですから、コーンビーフは”corned ー つまり塩漬けの牛肉”だったのですね。起源はよほど古く牛肉を保存する為に塩漬けにして樽か何かに詰めておいたものを、食べる時には塩抜きをした上でじっくりと煮込んで柔らかくしたと思われます。イギリスの”ソルトビーフ”は、僕は昔から大好物なのですが、こちらはもともとコーシャ、つまりユダヤ料理なのだそうです。牛肉のバラの部分の塊を十日ばかり塩と香草に漬け込んで、それをじっくりと煮込むだけのいたって簡単な調理法です。ロンドンの、今や”アートと印度料理の街”として有名なブリックレーンに有名な店があって、テイクアウトも出来るそうなので、次回ロンドンに行ったら試してみようと思っています。ポトフ風にあっさりとコンソメ味に煮たキャベツやじゃがいもと一緒に食べても良いし、パンに挟んで食べても美味しいでしょう。イギリスのお肉屋さんには、ソルトビーフ用にカットされたバラ肉の塊が売っているそうなので、それもじっくりと観察したいと思っています。

 ハーマン・メルビルの『白鯨』にも”樽につけた牛肉”という記述が出てきますから、ソルトビーフ(乃至はコーンビーフ)はユダヤ人に限らず、ユーラシア大陸の各地で貴重な保存食として食べられていたのでしょう。特に大航海時代には、大活躍したのではないでしょうか?
 あと進駐軍が持ってきた食品として有名なものはスパムですが、これはもっぱら沖縄でチャンプルー料理として当地に定着したようです。イギリス人のオーバークックに続いてこれも”食”の七不思議のひとつですが、スパムはなんであんなに塩味が強いのでしょう? それは保存食だからと言えばそれまでですが、それなら同じ缶詰でもコーンビーフは塩味も程ほどで、いいお味です。スパムは元々米軍のレーション(軍隊食)で、太平洋戦争から朝鮮戦争そしてベトナム戦争に至るまで、米兵はいつもいつもこれを食べさせられてずいぶん閉口したようです。

 ソルトビーフに限らず、コールドミートたる物は全て保存食だったのだろうと思います。昔のヨーロッパは兎も角みんな飢えていて、じゃがいもが新大陸から伝わる以前は、豆とキャベツと豚肉くらいしか日常食べる物は無かったのだそうです。厳しい冬を生き延びるために、秋に実ったドングリをたっぷり食べて肥った豚を締めて、それでベーコンやソーセージやハムなどの保存食を作って貯えたのでしょう。そんな先人達の切羽詰まった生存本能に感謝しながら、美味しいコールドミートを頂きたいと思います。

Posted by hide-san