『共同幻想論』

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 吉本隆明(1924~2012)は皇国・軍国少年でしたが、終戦直後に価値観が激変する日本を目の当たりにして、「国家」とは何だろうという疑問を抱きました。そして焼跡から思考を踏み出し、60年代の安保闘争を経て、1968年に『共同幻想論』を著しました。僕は大学生になったばかりです。「国家は共同の幻想である。風俗や宗教や法もまた共同の幻想である。」 カッコいい序文ですね。「国家」とは、「共同体」とは、「法」とは何なのか?

その時代の学生たちの圧倒的な指示を得て、思想書としては空前の大ヒットとなりました。新宿のジャズ喫茶の暗がりに座れば、誰かが『共同幻想論』を開いている、というそんな時代でした。ただ恐ろしく難解で、多くの学生たちが全共闘運動で挫折する前に、『共同幻想論』に打ちのめされたのでした。

吉本は1924年に東京の月島に生まれました。父は天草から移住してきた船大工です。終戦直後、勤労動員先から東京へ戻る列車に乗り合わせた大勢の復員兵が、毛布や食糧をいっぱいに背負い込んでいるのを見て、ショックを受けました。「この兵士たちはどんな存在なんだろう? どんな心境なのだろう? 天皇の命令で武装解除し、上官に銃を向けることもしない・・・しかし彼らを蔑むことは、自分を蔑むことだ。」 価値観が崩壊し、吉本は精神の荒野に置き去りにされました。吉本は戦後民主主義を信用しません。西洋の知識を振りかざす知識人を認めません。畢竟(ひっきょう)、吉本が疑いの目を向けているのは自分自身です。「何故人は簡単に国家を信じるのか?」「そもそも国家とは何だろう?」

 「人間の様々な考えや、その考えに基づく行動や、その成り立ちで、どうしても個人に宿る心の動かし方からは、理解できないことが多く存在している。ある場合には変な行動や思考となって表れ、またある時は至極正常で、その落差は理解を絶する。そしてそれは私たちを渦中に巻き込む。それは人間の共同の幻想が生みだしたものと解するより術(すべ)がない。」

『共同幻想論』の構成は、人間が原始的共同体以来ずっと持ちつづけている、禁止を考察する「禁制論」。 その禁止が特定の人に集約される過程を辿る「憑人(つきびと)論」、「巫覡(かんなぎ)論、「巫女(みこ)論」。それらが宗教的な集団観念として具体化される過程を分析する「他界論」、「祭儀論」。国家の誕生を明らかにした「母性論」、「対幻想論」、「罪責論」。後は法の成立と邪馬台国の誕生に至る「規範論」、「起源論」となります。・・・もう読んでて嫌になったでしょう・・・解ります。しかもジークムント・フロイトの「トーテムとタブー」や柳田國男の「遠野物語」の抜粋を延々と読まされるのですから、受験戦争を戦い抜いてきた学生たちも玉砕です。ですから冒頭から読まず、「母性論」辺りから恐る恐る探り始めるのがコツです。

 伊弉諾(いざなぎ)が禊(みそぎ)をして、左目を洗って生まれたのが天照(アマテラス)で右目を洗ったら月読命(ツクヨミノミコト)、そして鼻を洗った時に問題児の須佐之男(スサノヲ)が生まれました。天照には高天原(たかまがはら)を、月読には夜の世界を、そして須佐之男には海原を統治するよう命じました。ところが我儘な須佐之男だけは哭きわめいて勘当されます。猛り狂った須佐之男は高天原の天照に会いに天に上りますが、その様は荒々しく天地に雷鳴が轟き、天照は高天原が侵略されると慄(おのの)きます。そこで彼女は髪を解いて、ミズラを巻き、身体中に勾玉を巻き込み、弓を振立てます。フル装備ですね。須佐之男は邪心無しと弁明するので、「それでは誓約(うけひ)しましょう」となります。それが「対幻想」です。母権制が誕生し、神々が生まれ「共同幻想」へと拡大されてゆきます。

 大和朝廷が確立する過渡期で、刑法ができます。高天原で須佐之男が暴れまくるので、天照は岩戸に隠れ大岩で出入口を塞いでしまいます。「引き籠り」は神代からあったのですね。高天原で須佐之男が犯した罪状を基に、やがて刑法が制定されました。それらは生きたまま獣の皮を剝ぐ「生剝(いきはぎ)、尻尾から逆さまに獣の皮を剝ぐ「逆剝(さかはぎ)」書いている僕も気分が悪くなりましたが、田んぼの畔を壊す「阿離(あはなち)」、田んぼの溝を埋める「溝埋(みぞうめ)」、祭殿を汚物で穢す「屎戸(くそへ)」、親子間で近親相姦する「上通下通婚(おやこたわけ)」。これら「たわけ」シリーズは延々と続きますが、もうやめておきます。ともかく、こうして国家の基礎が固められていきました。

「習慣や民俗や、土俗的信仰が絡んで、永い年月に創りあげた精神の感性も共同の幻想である。」

遠野の鳥御前(とりごぜん)という鷹匠は、山中で赤い顔の男女に出くわします。もみ合いの末、鳥御前は崖から転落、救助されますが、三日後に亡くなりました。山伏は家族に「これは山の神が遊んでいるのを邪魔した祟りだ」と告げます。これが単に転落事故と認定すればそれまでですが、村落の共同幻想を構成する人々にとっては「祟り」という幻想を共有することで、その共同体の絆を育んでいたのです。

個人幻想、対幻想、共同幻想と共に大切なのは「関係の絶対性」です。

「人間の意志は選択する自由を持っている。この自由な選択をした人間の意志も、人間と人間との関係が強いる絶対性の前では、相対的なものにすぎない。関係を意識しない思想など、幻にすぎない。秩序に対する反逆と加担を倫理に結びつけるのは、関係の絶対性という視点のみである。」 例え自分がいかに堅く信じていても、それは独善であるかもしれない。だから他者と互いの理解が必要です。それが「関係の絶対性」です。

大衆は自分の生活圏にしか興味を持ちません。商品を明日どう売ろうという事で精一杯で政治問題には興味がありません。しかし吉本は彼らに可能性を感じています。日々生きていると、現実的な課題が降ってきます。次々に襲い来る諸問題に対応する大衆の姿に、自立の思想的拠点を見出しました。「個人幻想」のモデルを探り出そうとしたのです。

「啓蒙家と思想家の違いは、啓蒙家から見れば大衆は国家の共同の幻想性の法的規範に唯々諾々と服従している。だから彼らを教え導かねばならない、と思っている。一方思想家には大衆は沈黙の言語的意味性として存在し、国家の法的言語に対峙している。そうして沈黙の意味性が示す「裂け目」が見えるかどうかが、啓蒙家と思想家の分岐点です。」

啓蒙家は群衆を言葉巧みに操る事で、思うが儘に洗脳できると政治的に考える。吉本は大衆を地道な生活者として捉え、十肥ひと絡げの愚民として扱うことに抵抗し、政治的誘導を拒否しています。生活者は国家を論じることはなく、日々の労働を黙々とこなしています。この不器用さが「沈黙」です。でも国家の法的規範がこの沈黙を奪う時に、それはおかしいと考え始めます。知識人の誘導に駆り立てられるのではなく、生活が乱されるから抵抗するのです。大衆こそ個人幻想の原形です。

夏目漱石はその晩年、回向院で相撲を観て随筆に書いています。

「自活の計(はかりごと)に追われる動物として、生を営む一点から見た人間は。正にこの相撲の如く苦しいものである。われらは平和なる家庭の主人として、少なくとも衣食の満足を、われらとわれらの妻子に与えんがために、この相撲に等しいほどの緊張に甘んじて、日々自己と世間との間に、互殺(ごさつ)の平和を見いだそうと力(つと)めつつある。戸外(そと)に出て笑うわが顔を鏡に映すならば、そうしてその笑いの中(うち)に殺伐の気に充(み)ちた我を見出すならば、更にこの笑いに伴う恐ろしき腹の波と、背の汗を想像するならば、最後にわが必死の努力の、回向院のそれのように、一分足らずで引分を期待する望みもなく、命のあらん限(かぎり)は一生続かねばならないという苦しい事実に想い至るならば、我は神経衰弱に陥るべき極度に、わが精力を消耗するために、日に生き月に生きつつあるとまで言いたくなる。」

2021年12月2日脱稿

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Posted by hide-san